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2010.04.07 Wed

話題のiPadなんですが、「ブラウザーを開いたままで、電子メールを送るといったようなマルチタスクはiPadでは不可能である。当たり前だと思っていたことができないので、不満を感じている人々は多い。『iPhone以上にできることがほとんどない』という評も(DIAMOND online)」あるようです。つまり、iPadは何かを作るためのツールではなく、電子ブックやWEBサイトを閲覧したり、ゲームソフトで遊んだりするためのデバイスなのです。ま、メールの送受信やブログの更新くらいはできるようですが、これまでのパソコンのアプリケーションを使った作業はできないみたいです。ってことは、電子ブックや電子新聞、電子雑誌などが当たり前にならないと、宝の持ち腐れになりかねません。早いとこ、出版社や新聞社から電子版を出して欲しいものです。どちらかというと活字中毒の私にとっては、かさばるハードカバーの書物や雑誌などを何冊も携行しなくてもすむのはありがたいのですが、世間的には、通勤電車の中でiPadを使うのはちょっと気が引けるという意見が大勢を占めているようです。ま、満員電車で立ったままでは使えないでしょうが、座れるのであればノープロブレムでしょう。書籍の電子化の問題で、これまでの紙の本に対する愛着がある読者が、果たして電子ブックを受け入れるだろうかと危ぶまれていますが、たぶん大半は受け入れると思います。音楽CDを買うか、ダウンロードするかというのとは少しニュアンスがちがうものの、近い将来、読んだ本を自室の本棚に残しておくというのが、野暮というか、古くさいと言われるようになるでしょう。最近、私も読み終わったらすぐにオークションに出品しようかと思い始めています。そういえば、漱石全集も芥川全集も三島全集も石川淳全集も老後の娯しみにと買ってあるのですが、未だに読みかけてすらいません。学生時代から延々と貯め込んだ本をどう処分したらいいのか、昔買った本は経年劣化も進んでいますが、少ない小遣いや給料から工面して買ったので、なかなか捨てることもできません。が、いずれ私が死んだら、廃棄処分は免れないでしょうし、それだったら、今後再読することのない本は、この際オークションに出品して処分してしまう方がいいかなと思ったりもする今日この頃です。歳をとるということは、いろんなものを少しずつ失っていくことだと、どこかで聞いたことがありますが、その意味がしみじみ分かるようになってきました。明窓浄机、机の上のiPad1台のみで、知的生活はすべて事足れりとなる日も近いでしょう。うれしいんだか、かなしいんだか・・・。