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Month: 2009 October

2009.10.30 Fri

「1969年の10月29日、UCLAがインターネットの原型となるARPANET(国防総省の軍事ネットワーク)で最初のデータ通信を行った。同校はこれをインターネットの始まりとしている。初の通信は同校とSRI(スタンドフォード研究所)の間で行われた。UCLAの学生がSRIのシステムにログインするため、「LOG」と入力し、SRIが「IN」と入力する予定だった。だがUCLA側が「L」「O」を送信し、「G」を入力したところでシステムがクラッシュ。その結果、「LO」が最初にインターネットで送信されたメッセージになったという(Yahooニュース)」そうですが、その後システムが復旧して返信できるようになったときに、アメリカ人のことですから、きっと「VE」と返信したんじゃないでしょうか・・・。

「自民党は総選挙後の組織改編で、従来の『マルチメディア局』を『ネットメディア局』に変更。総裁や政調会長、幹事長の会見動画を充実させたり、政策に対する有権者の意見を募集したりするなど、インターネットを活用した広報活動に力を入れていく(J CASTニュース)」そうですが、やや遅きに失した感があります。これまで自民党がインターネットの利用に消極的だった背景には、自民党の支持層が中高年に偏っているため、インターネットに接していない人がほとんどだとの認識があったからでしょう。同時に、インターネットを積極的に利用して情報をオープンにし、政策の透明性を担保しようとする気がなかったからで、定額給付金にしても、エコポイントにしても、エコカー減税にしても、高速道路の休日割引にしても、セイフティーネットへの税金の投入とは言えないだけでなく、決定までにどれほど情報がオープンにされていたのでしょうか?今後は、『お上のやることには、黙って従っていればいい。悪いようにはしない』といった与党時代の政治家の意識改革からスタートする必要があるように思います。イデオロギーとはややニュアンスが違うものの、日本という国をどうしたいのかという政治理念を掲げ、その理念に基づく政策提案を発信していくのなら、情報をインターネット経由でゲットすることになれている若い層の支持を多少は取り込めることになるかもしれません。さもなくば、自民党自体の存在意義が完全になくなり、雲散霧消解党の末路でしょう。今回落選した前議員たちは、来年の参議院選挙で参議院に鞍替えしてでも議員バッジだけはもう一度手にしたいと願っていることでしょうが、野党の国会議員というのは、決してこれまでのような恵まれた存在ではないはずです。政治資金も潤沢に使えなくなり、政治家としての影響力も著しく殺がれ、それでも、政治に志をもって関われる人しか残れないでしょう。現在の民主党の議員も、元を質せば自民党だった人が結構います。ただ、彼らの大半は、自民党に愛想が尽きて離党して野に下った人たちで、与党の頃と比べて、さぞ冷や飯を食わされ続けたことでしょう。冷静に考えて、自民党がもう一度政権に復帰する可能性はかなり低いと思います。来年の参議院選挙で民主党が単独過半数をとると、長期安定政権が誕生するでしょう。そうなると、次の参議院選挙と衆議院選挙は4年後ですが、4年の間に、自民党が今回の民主党のような選挙準備ができるのでしょうか?国民の過半数を納得させられるような政策を作り上げることができるのでしょうか?小泉チルドレンだった人たちは、いっそのこときっぱりと政治家を廃業して元の職業に戻った方がいいでしょう。民主党の新人議員たちも4年後に失業の憂き目を見ないようにしっかりと国政に関わってもらいたいものです。歳をとると、20年後、30年後を見据えた長期展望を描きにくくなります。自分が死んだ後も、この国が平和であることを願ってはいても、そのために自分自身が何をなすべきかは、なかなか思い描けません。しかし、生きている間に政権交代を目のあたりにできたのですから、それだけに、民主党政権がこれからの日本政治のデファクト・スタンダードとして、せめて生きている間は続いてもらいたいと思っています。

2009.10.29 Thu

結局「29日の東京株式市場で日経平均株価は大幅に3日続落。前日比183円95銭(1.83%)安の9891円10銭と、8日以来3週間ぶりに節目の1万円を割り込んで終えた(NIKKEI NET)」ようです。円相場も90円の半ばまで円高が進んでいます。証券取引所も、毎日取引をするのでなく、月に1回くらいにしたらどうでしょう。

「開き直った」「言質を取らせぬ表現だった」「工夫はどこにも見えない」「胸を張った」「どう違うのか」「なじってみせた」「はぐらかした」これらは、産経新聞の坂井広志さんの昨日の代表質問の署名記事(http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/091028/
plc0910282224023-n1.htm)の文末の言葉を並べたものです。この記事だけを読んだ読者は、鳩山首相の答弁がとんでもないものだったと思うでしょう。私の印象とはかなりかけ離れています。

なんだか株価がまた下がり始めています。「29日前場寄り付きの東京株式市場で日経平均株価は大幅に続落して始まった。欧米を中心に世界的に株安が進み、東京市場でもハイテク株を中心に幅広い銘柄に売りが出た。日経平均は寄り付き段階で取引時間中としては9日以来約3週間ぶりに節目の1万円を割り込んだ。その後、下げ幅は200円を超え、9800円台に下落して推移している(NIKKEI NET)」のですが、ついこの間、NYダウが1万ドルを超えたと言っていたばかりなのに、アメリカの株式市場が急落し始めると、世界中で株安になってしまうのですから、金融のグローバル化にも困ったものです。

2009.10.28 Wed

官僚の天下り禁止というのは、官僚による官僚のための天下り先の乱造や優遇、天下りの斡旋や渡りを禁止するということで、政府が官僚出身者を公益法人の主要ポストに一切起用しないということではないでしょう。また、脱官僚というのは、官僚を政権運営から排除するということではなく、政治主導で官僚を適材適所に使いこなすということでしょう。これからの官僚は、これまでのような縦割り行政や省益優先などは当然許されません。いずれは天下ってラクして余生を過ごそうなどという志の低い人は国家公務員になってもらわなくて結構だと思います。そんな低次元の官僚しか輩出できない国だとしたら、日本もたいした国ではないと、もって瞑すべしです。当たり前っちゃ当たり前のことなんですが、イラクで銃弾に倒れた奥克彦さんのような志の高い官僚が、我が国にもきっとたくさんいらっしゃると思います。代表質問で自民党総裁が揚げ足をとってくれたおかげで、政権交代の意味するところが一層鮮明になってよかったと思います。かつての野党と民主党は明らかに違います。マニフェストに掲げられている政策が、何でも反対するだけだった万年野党のような実現不可能な施策のわけがないでしょう。多少の不具合を修正する必要はあるとしても、実現可能性を十分検討した上で、政策として練り上げているわけで、財源の問題にしたって、前政権がやっていた施策をすべて実行しなければならないわけではないので、やめたからといって国民生活に深刻な影響が起きないものは、当然やめるものもあるわけです。さらに、政治家には全体を見渡す広い視野が必要です。選挙区の利益誘導にしか関心がなかったかつての自民党の国会議員には、日本全体への目配りがなかったと思います。まして、世界に対する日本の国益の確保や国際貢献の責任分担についても、きちんとしたコンセプトに基づいた政策だったとは到底思えません。沖縄の米軍海兵隊・普天間基地の辺野古への移転問題にしても、聞くところによると、米軍が要求していたヘリの飛び立てる滑走路の何倍もの規模の滑走路を造ろうという計画のようです、何のためにそんなものを造ろうとしているのでしょうか?自民党も次に政権交代が可能な野党として再出発する気があるのなら、野党としての政治への関わり方を真剣に考えて行動すべきでしょう。まず品性を疑われるようなヤジを飛ばすことをやめるとこから始めたらどうでしょう。

2009.10.27 Tue

「首相らの『答弁資料』作成指示 内閣総務官室、すぐ撤回 (ashi.com)」のニュースですが、このニュースを最初に聞いたときは、民主党の脱官僚路線からすれば奇妙な話だと思いました。 記事の後半で、「平野氏は同日の記者会見で、『(指示文書が)出されたことを初めて知った。私から指示したわけでは全くないし、首相からも指示していない。私どもが求めている政治主導からみれば、逆行していると認識している。(指示文書の)撤回を含めて考える』と述べた」とありますが、実際のところ、こんな奇妙な指示文書をこのタイミングで出したのを記者がキャッチした時点で、内閣総務官室の誰が、どんな意図で、指示文書を出す決定をしたのか、しっかり調査して国民に伝えるべきです。マスコミが新政権の足を引っ張るより、官僚の独断専行をチェックすることの方が、現在の民意を反映していると思うのですが・・・。

米大リーグのマリナーズを退団して日本球界復帰を表明していた城島選手のタイガース入団が決まりました。タイガースファンであると同時に、矢野選手のファンでもある私にとっては、やや複雑な心境です。しかし、捕手というポジションは体力的にかなりしんどいポジションのようですから、矢野選手は年齢的にそろそろ先発フルイニング出場がむずかしくなってきていたのも事実です。来シーズンは、2番セカンド関本、3番ショート鳥谷、4番レフト金本、5番サード新井、6番キャッチャー城島、7番ファーストブラゼル、8番ライト桜井と、ホームランを打てるバッターがずらっと並ぶことになります。矢野選手にも、ピンチヒッターとしてその勝負強さと打力を生かしてもらえばいいのかなと思いますが、これで贔屓にしていた檜山選手に次いで矢野選手もレギュラーから完全に外れてしまうことになると、甲子園に観戦に行っても、両選手の勇姿が見られない場合もある訳で、ちょっと寂しい気がします。残る金本、下柳の両ベテランには、来シーズンも頑張ってもらいたいものです。ところで、マスコミが、maijor leaguesをメイジャーリーグと書かずにメジャーリーグと表記するのはなぜなんでしょう?発音的にはメイジャーでしょう。最近は中国の首脳の名前もカタカナで現地での読みを振ってあったりするようになりました。英語の日本語表記にも少しは気を遣った方がいいような気がします。だって、アメリカ人に向かってメジャーリーグって言ったら、きょとんとされるでしょう。野球中継を野牛中継と言ってるようなものです。オリックスバッファローズの試合の中継ならこれでもいいか・・・。

10月8日の同じコラムで、グーグルの「ブックサーチ」の話題の前に、アマゾンの電子書籍リーダー「キンドル」が日本でも発売されるという記事を紹介していましたが、今日の日経ビジネスON LINEには、その「キンドル」の開発責任者であるチャーリー・トリッツシュラーさんのインタビュー記事が載っていました。「現在は英語版の輸入に過ぎませんが、近い将来に日本語を表示できる製品を導入する予定はあるのですか」との質問に、「日本語を含め、多言語を表示できる『キンドル』を現在、技術開発中だ。発売時期などは公表できないが、カラー化の検討など、新しい付加価値をつけた製品を導入すべく、開発中だ。」と答えています。分厚い洋書を何冊も抱えて歩くことを思えば、厚さ0.9cmで重さ289gのコンパクトボディーに約1500冊の書籍データを詰め込んで持ち歩けることは、確かに凄いことです。「ちなみに電子書籍は、再販制度の適応外だ。ただし、だからといってキンドルの日本語版が出た際に、いきなり価格を3分の1に下げると言えば、出版社はコンテンツ提供の協力をしてくれなくなるだろう。それは本意ではない。どのような価格を設定していくかも含めて、検討中だ。」とも語っていますが、果たして、近い将来日本語の新刊本を電子ブックで読む日が来るのでしょうか?私自身は、電子ブックにはあまり興味がありません。著作権が切れた日本の文芸作品をデジタル化して公開している「青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)」ですら、モニター上の文字は読みづらいので、なかなか読む気になれないですから。しかし、そういう意味では、このコラムも読む気になるかというと、ならないと答えざるを得ません。こういうのって、自家撞着って言うのでしたっけ・・・。

2009.10.26 Mon

10月8日のコラムで書いたのですが、グーグルが進めるプロジェクト「ブックサーチ」が世界中の作家や出版業界を巻き込んで大問題になっています。「グーグルが複数の図書館と提携して蔵書をスキャン。米国内で流通していない書籍は、著作権保護期間内であっても全文の閲覧を可能とするもの(日経ビジネスON LINE)」で、これに対し「米国で全米作家協会と全米出版社協会が訴訟を提起。2008年10月に『商業利用の収入の63%を権利者に支払う』『無断でデジタル化した書籍について、1冊当たり60ドル支払う』『米国内で絶版または市販されていない書籍については、データベースに組み入れる』などを骨子とする和解案」が出たのですが、「世界の著作権者を巻き込む大騒動になったのは、『ベルヌ条約』という国際的な著作権に関する基本条約があるためだ。和解案の対象は『米国著作権を有するすべての人物』。ベルヌ条約で日本の著作物は米国でも著作権が発生しているため、自動的に日本の著作権者が和解に組み入れられた。異議がある場合は自ら申し出ねばならない」のです。つまり、異議を申し出ない場合は、グーグルはどんな長編作品でも1作品60ドルさえ支払えば、全文デジタル化できてしまうということです。確かにグーグルにとって都合がよすぎる和解案です。著作権の問題は、作家の経済的な権利を守ることと社会的な知的財産として有効活用することの間で、なかなか基準が定まっていません。私は、本を買うときだけは新刊本を買うようにしています。なぜなら、作家は一人で原稿用紙かパソコンに向かって孤独な執筆作業をして作品を生み出しているのですが、それが戯曲なら上演されることで目にし耳にすることもできますが、小説や評論、詩などは、出版されない限り人の目に触れることがないのです。本となって売られて、初めて作家に原稿料が入ってくるので、その本をオークションや古本屋で買った場合は、作家には創作のための労働の対価が還元されないからです。私も、音楽CDや映画のDVDは、普通にオークションで買っています。映画や音楽だって同じだろうとは思うのですが、私の気持ちの中では、本だけが特別なのです。本がなかなか捨てられないことや本をまたいではいけないとしつけられたことも関係しているのかもしれません。CDやDVDは記録媒体でしかなく、音楽家や演奏家、歌手、映画監督、俳優なども、一つの作品を作るに際して、それなりの労働をしているので、映画が映画館で上映される限り、音楽がライブで演奏される限り、正規の入場料を払って鑑賞することに何ら異存はありません。ただ、デジタルメディアになった作品は、私の中では再販可能な商品の位置づけになっています。映画会社やレコード会社(今時レコードでもないでしょうが、なぜか音楽CD会社とはいいませんね)は、上映したり上演した時点でしっかり儲けているだろうから、これ以上儲けさせる必要はないだろと感じてしまうのです。この感情のルーツは、輸入盤と国内発売のCDで値段が違いすぎることに疑問を持ったことが端緒のようです。大量に複製されて販売される商品であれば、その中古品を安く買うことに何ら引け目を感じる必要はないでしょう。逆に言うと、グーグルも本を無断でスキャンして公開するだけでなく、DVDになっていない映画やCD化されていない音楽をばんばんWEBで無料公開してくれるのなら、ま、いいかってことに・・・ならないよね。