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2009.01.30 Fri

「窶し」という漢字の読みは、「やつし」なんですが、窶れる(やつれる)も同じ漢字を使います。「窶す」には、「恋に身を窶す」という用例のように「やせるほど悩む」といった意味と、「旅の僧に身を窶す」という場合の「目立たないようにみすぼらしい身なりに変える」といった意味があります。さらにもう一つ、「窶す」には、化粧するとか、めかすとかの意味があったことを、今回の麻生首相のKY問題での石井一議員の質問で思い出しました。しかし、「恋に身を窶す」とか「旅の僧に身を窶す」とかは、あくまで書き言葉としての用例で、「やつす」ではなく、話し言葉としての「やつし」というのは、てっきり大阪弁だと思っていました。「エライやつしてどこ行きはんのん?」と、近所のおばさんが、隣の一家が精一杯おめかしして出かけようとするのを見かけて、冷やかすときに使う言葉といった認識でした。「普段は目立たない地味な人が、バリバリに化粧して着飾ってる」状態、あるいは「あそこの息子はやつしやから、どもならん」と、男のくせに服装だとか髪型だとかを気にしてばかりいる、他家のバカ息子を揶揄するときに使う言葉でした。麻生首相はどういう意味で「窶し」を使ったのか、ちょっと気になりました。