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2008.06.16 Mon

最近、携帯やPCのブログがよくマスコミで採り上げられています。広義には、この文章もブログの一種なんですが、不特定多数の読者を想定した公開日記といったところです。ブログが流行る以前からBBSでの意見交換というのがありましたが、ブログの場合は、意見の交換というよりは、一方的な発信が中心です。中でも、モブログといわれる携帯電話から1日に何度も送信するブログは、その時々の想いを切り取って載せているだけなので、日記というよりはメモに近いようです。しかも、読まれることを想定しているといいながら、必ず誰かに読まれるという保証もなく、ただの独り言で終わる場合も多いでしょう。今回の秋葉原の事件で、犯行前から刻々と送信していたブログ(携帯の掲示板サイトだったようですが)の内容がニュースサイトで再録されているのを読むと、むなしい気分になります。これらの文章は誰に宛てたものなのでしょう。犯行に向かう時間に、何を思ったのか、考えたのか、後になって振り返るための思い出ノートのようにも思えますが、そんなものを残しても、後から自ら読み返すことができる訳でもありません。一般に、自問自答のスパイラルにはまり込むと、たいていの人は、悪い方へ悪い方へと考えが傾き、マイナス思考に陥ります。「下手な考え休むに似たり」とか「世の中、そんなに捨てたもんじゃない」、「捨てる神あれば拾う神あり」といった楽観論にはなかなか立てないようです。先日、朝日新聞の「天声人語」で、色川武大さんの言葉として、「八勝七敗なら上々。九勝六敗なら理想。一生が終わってみると、五分五分というところが、多いんじゃないかな」と書かれていました。禍福はあざなえる縄のごとし、「捨てたらアカン」のは空き缶だけではないのです。