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2008.12.25 Thu

ネットバブルはもう弾けたと言われます。ネット通販でも、成功した企業はほんの一握りでしかなく、ネット広告でも、儲かっている会社はほとんどないということです。インターネットは既存の情報産業が生み出した情報をネット上に流しているだけで、独自の情報などどこを探しても見あたらないではないかという論です。確かに、インターネット自体が何かを生み出す打ち出の小槌ではなく、情報の配信媒体でしかありません。ただ、インターネットは、膨大な情報をネット上のサーバーに分散して蓄積でき、検索で瞬時に引き出すことができます、この利便性こそが現代の生活に欠かせないことも事実です。日本では、ケイタイの方に注目が集まっているようですが、実際のビジネスや情報収集のツールとしては、PCのインターネットの方が何倍も価値があると思います。ただ、インターネットを語るとき、言葉の壁が立ちふさがっていて、共通語としての英語の読み書きができるか否かで、その利用価値が大きく変わります。この間から読んでいる「日本語が亡びるとき」でも、幕末から明治期の二重言語者(現地語と普遍語のふたつの言語を使いこなせ、主に普遍語で書かれた書物を現地語に翻訳する役割を担った人)の存在があって初めて、現在の日本語(国語)で思考する学問や近代文学の土壌が生まれたと書かれています。ただ、インターネットの時代には、英語を英語として読み、書き、思考できることが、様々な分野で世界中の情報にすばやくアクセスできる条件であるのも明らかです。これは、一部の言語エリート(幼少時からバイリンガルの環境に育ったとか、専門の語学教育を受けた人)だけでなく、大多数の日本人も、英語を第2の母語にする必要性が出てきたということです。しかし、そんなことが一朝一夕にできるわけもないので、ここは翻訳ソフトの進歩に期待するしかないでしょう。誤訳の問題は、確かについて回ります。たとえバイリンガルの人でも、ニュアンスを完全に翻訳することは難しいでしょうし、元の文章の中の論旨の矛盾や曖昧な言い回し、漢字の読み間違いや誤用までを含めて、ひとつの言語で話されたり書かれたりした文章を別の言語に完全に置き換えることは不可能ですが、誤訳を恐れていては翻訳はできません。日本語のワープロソフトもほんの20年ほどで、驚くほど進化しました。翻訳ソフトだって、そのうち充分実用に耐えるものになるでしょう。その日が早く訪れるのを待つのみです。