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2008.07.16 Wed

第139回芥川龍之介賞に中国人作家の楊逸(ヤンイー)さんの「時が滲む朝」が決まりました。「2人の中国人大学生の成長を通して、現代中国と日本を描ききった力作(文藝春秋書誌ファイルから抜粋)」のようです。最近の芥川賞の受賞作からすると少し傾向が異なる作品のように感じます。前回の芥川賞の候補になった「ワンちゃん」でも、その力量は高く評価されていたようですが、彼女は日本生まれではなく、中国の黒龍江省ハルビン市生まれで、20歳を過ぎてから来日したそうです。当然日本語はマザータングではないわけで、来日してから本格的に学習して小説を書けるほどになったことが素晴らしい。わたしも中学1年から英語を学習していますが、いまだに片言しか話せません。書く方はまったくダメです。もちろん語学の才というものがあるのでしょうが、言葉にはその国の歴史や民族のアイデンティティが色濃く反映されているので、外国人がコミュニケーションのツールとして使いこなせるようにはなっても、小説や詩などの言語芸術の分野で、その国を代表する文学賞を受賞することは至難の業だと思います。いやはや、世の中には凄い才能の持ち主がいるものです。ところで、この10年ほどの間に芥川賞を受賞した作家名の一覧表を見て、知っている名前がほとんどないのに驚きました。1960年から70年代の頃には、芥川賞受賞作家の新刊が出たと聞くと、書店に駆けつけて買ったものですが、最近は、小説のベストセラーになるのは映画の原作本くらいで、純文学のベストセラーはないようです。文学者が時代に対して発言することもほとんどありません。新聞などにコメントを求められるのも芥川賞受賞作家より直木賞受賞作家の方が多いように感じます。純文学と呼ばれるジャンルの文学作品は、まるで自閉症児の手慰みのように、社会と無縁の場所で細々と紡ぎ出されているのかも知れません。誰のために?何のために?